齊藤日軌貫首 本山妙顕寺入寺記念出版
「日蓮宗の戒壇、その現代的意義」

「序 現代科学の思想から見た四十五字段」

 現代物理学の世界観と大乗仏教の思想が似ていることは、東西の識者によって指摘されてきました。この『観心本尊抄』の「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり。仏既に過去にも滅せず未来にも生せず、所化以て同体なり。此れ即ち己心の三千具足の三種の世間なり」(観心本尊鈔 定遺712頁)という四十五字段の指し示す大いなる宇宙の生命観は、現代科学が提示する世界観と似ていることに驚きます。
 アメリカの物理学者ガモフによって提唱され、最近ではケンブリッジ大学のホーキング博士が主唱する宇宙生成論(ビックバン理論)によりますと、私たちの宇宙は約150億年前、高密度の状態から爆発的に膨張して今に至っています。宇宙は空間も時間も物質もすべて体積のない一点の状態(特異点)から始まりました。それが分裂して、今、宇宙は拡大・膨張していますが、やがては収縮して一点になっていく(ビッグクランチ)といわれています。そこには意識も入ってすべてが一点に集約していきます。また、映画『エクトシスト』のモデルとなったフランスの哲学者・古生物学者のテイヤール・ド・シャルダンは『現象としての人間』のなかで、さまざまな人類の意識はやがて共有部分が多くなり、宇宙の終わりには一体となると述べています。このように、彼ら科学者は、さまざまな様相を見せる宇宙の本質はひとつであると語っているようです。
 彼らの理論を参考にすると、日蓮聖人が法華経如来寿量品に示される久遠本仏の教化のありさまを明かされた四十五字段を次のように表現できると思います。
 宇宙唯一の久遠本仏からビッグバンのように生まれ出たアメーバーから人類に至るまでの無数の生命は、大いなる成仏を目指して互いに補い合い助け合って向上して現在に至っています。ご本仏の目から見ると、私たちにとっての災いである三災や四劫という生成と破壊は生命が発展していく過程であり、仏の永遠の生命を顕すための新陳代謝のようなものです。この意味では、私たちの住む戦乱や苦しみに満ちた娑婆世界(忍土)という現実の世界は、その本質においては仏と衆生が一つになって住む永遠の楽土であり、私たちの喜びも悲しみも、すべてが成仏のためにあると考えることができます。この一瞬に永遠があるとは、私たちにとってなんという大きな慰めであり励ましでしょうか。
 いわば私たちは、久遠本仏の大いなる心の中に存在しているのです。私たちは久遠本仏の一部分、目であり、手足であり、口であるといえましょう。大宇宙の銀河の星々からアメーバーまでのすべての存在とその経験や進化は、大いなる唯一の久遠本仏の心から生まれ、またその心の中に帰っていきます。宇宙の終わり、すなわちビッグクランチにあっては、すべての生命は一体となります。人類の意識も進化して成仏することを顕し、人類全体が成仏していくというような概念といえます。法華経では五百塵点劫という無限に近い有限な数量で無始という時間を説きますが、このビッグバンというのもそれに相応するような数量で永遠を考えさせてくれるのではないでしょうか。
 今、すべての生きとし生けるものがこの現実に目覚め、心を一つにしてお題目を唱えるとき、日蓮聖人が『立正安国論』で「汝早く信仰の寸心を改めて、速かに実乗の一善に帰せよ。しかれば則ち三界は皆仏国なり」と示し、そして四十五字段に明かされたように、この世界は調和と安らぎに満ちた本来の姿を顕し、この世界は浄土となるのです。
 このように、科学が明らかにする宇宙の真相と宗教が明らかにした真実は、きわめて近い関係にあるのです。

出典
『観心本尊抄』に聞く−日蓮聖人御遺文習学シリーズ特別編−より


平成23年4月13日 初版発行
著 者 齊藤日軌
発行者 佐藤今朝夫
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